<金口木舌>トゥシヌユールに


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 名護市宇茂佐の山本川恒(せんこう)さんは味のある民話の語り手だった。2008年に99歳で他界するまで地元の民話を語り継ぎ、沖縄随一の話者といわれた

▼市の文化財にも指定され、うちなーぐちを交えた穏やかな語りは、聞く者を民話の世界に引き込んだ。きょうは旧暦の大みそか、トゥシヌユール。珠玉の100話をまとめた「山本川恒翁 昔ばなし」から一つ
▼昔、欲深い金持ち老夫婦と心優しい貧しい老夫婦がいた。大みそかの夜、みすぼらしい旅人が訪ねてきた。金持ちは追い返したが、貧しい老夫婦は親切に泊めてあげた。すると旅人は鍋の湯からごちそうを出し、さらに別の湯で浴びた夫婦を若返らせた
▼大みそかに神が現れ、善人に福や若さをもたらす話は各地に残る。稲福政斉(まさなり)氏著「沖縄しきたり歳時記」によると、かつての新年のあいさつは「若年(わかどぅし)取ぅいみそーちー」(若々しく年を取られましたか)だったそうだ。命は年が改まると新たによみがえるという考え方があった
▼琉歌〈新玉の年に炭(たん)と昆布(くぶ)飾て 心(くくる)から姿(しがた)若くなゆさ〉や正月の縁起物「若水」「若木」に「若」が付くのも、その考えが生きているという
▼年を重ねるのはマイナスではない。新年に全てがリセットされて身も心も若さを取り戻すという先人の豊かな思考に学びたい。縁遠くなった旧正月だが、気持ちを若返らせる機会にするのもいい。