<金口木舌>受け継ぐ記憶


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 「ここに来ると兄と会えるからうれしい」。84歳の女性は涙を浮かべ、声を詰まらせた。東村の山中にある「県立農林学校隊最期の碑」。4歳違いの兄の名が刻まれている

▼兄は当時、農林学校の2年生。沖縄戦で鉄血勤皇隊として駆り出された。前年の夏休みに、実家がある石垣島に帰ってきた。集まった友人らが、庭にござを敷いて囲んだ。天ぷらを食べ、お茶を飲みながら語り合った
▼「八重山に来いよ」。そう誘う仲間たちの言葉にうなずき「来年は島の農学校に転校する」と約束して本島に戻っていった。皆が兄の名前を呼び「さらば」と送り出した歌声が、いまも女性の耳に残っている。月がきれいな夜だった
▼それが今生の別れとなった。1945年4月28日、隊は東村で米軍と交戦、学徒ら11人が命を落とした。「帰ってくると言ったのに。約束したのに」。女性は夜通し一人で泣いた
▼ことし、慰霊祭に参加した高校生たちに語り掛けた。「これから何をすべきか、何を学ぶか。戦争は終わったのだから、自分で考えることができる人になってほしい。絶対に戦争はしないと自分に言い聞かせて」
▼学徒らの最期の地は現在、ダムの底に沈んでいる。だが、家族や友の心に浮かぶ姿はいまも鮮明だ。二度と戦争を繰り返さないため何をすべきか。72年前の出来事を忘れないのは、未来のためでもある。