<金口木舌>よみがえった「勝連城」


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 民俗学者の柳田国男は「日本人とは何か」を問い続けた。やがて日本文化の源流を沖縄に見いだし、研究を進めた。きょうは柳田の忌日

▼柳田は、沖縄本島の西海岸と東海岸との文化系統の違いを指摘した。那覇・首里中心の西側を「浦添文化」、東側を「勝連文化」と呼んだ。7月末、その勝連文化の中心とも言える勝連城が復元された
▼復元と言っても、描かれたもの。ただサイズがずぬけている。縦9メートル、横23メートルの巨大さだ。地元南風原区の児童や園児ら330人が描いた。7月30日の除幕式でお披露目された
▼南風原区出身の牧門司自治会長は「小さい頃から城跡はそこにあって当たり前。あまり関心を持たなかった」と振り返る。子どもたちに地元の世界遺産に興味を持ってもらいたいと、県外も含めボランティアが集い、準備に汗を流した
▼除幕式で城を見た児童らは「ここに何かが建っていたと初めて想像できた」「あの時代、この色使いができたかな」などと話した。よみがえった勝連城が子どもたちの心に波紋をつくったのは確かだ
▼「海上の道」で柳田は勝連文化が「少しも残されていない」と嘆いた。どっこい、今の南風原区には地域文化の継承に向けた熱い思いがある。城跡は20日までライトアップ中。地元の熱意が照らし出すかのような城跡の様子を、真夏の夜のドライブで楽しんではいかがだろうか。