<金口木舌>山に埋もれる悲哀の歴史


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 きょうは「山の日」。山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝することが趣旨である。ことしで施行2年目の祝日を、人々はどんな思いで山を眺めるだろうか。見る人や地域によって、山の“表情”は異なる

▼県内で1番高い山は、石垣島の於茂登岳。それに連なる野底岳には「野底マーペー」という伝説がある。1732年に黒島を道で二分し、一方を野底に強制移住させたと伝わる
▼移住者の一人、マーペーという娘は、黒島に残された恋人を慕って野底岳に登った。しかし、於茂登岳に遮られて島さえ見えず、娘は絶望のあまり、山頂の石となったという物語だ
▼八重山諸島では、そんな強制移住の悲話があふれている。マラリアの発生する地域が幾つかあるため、琉球王国時代から、その地域に強制移住させたら集落は全滅するといわれた。沖縄戦で、旧日本軍はそんな山岳地帯に住民を強制疎開させた
▼このため住民の約半数がマラリアを患い、当時の人口の11%に当たる3647人が死亡した。特に被害の大きかった波照間島は全人口の約3分の1がマラリアで亡くなった。戦争マラリアの悲劇である
▼豊かな自然の恵みを人々に与える山。元気や健康の糧となる一方で、悲しい歴史が眠る場合もある。山を眺め、抑圧や戦争の犠牲者に思いをはせるのも、追悼の一つだろう。先人が残した教訓も、山の恵みである。