<金口木舌>「夜学生」の問い


この記事を書いた人 琉球新報社

 詩人で山之口貘賞選考委員の以倉紘平さんに「夜学生」という作品集がある。1965年から33年間、教師として勤めた大阪の定時制高校で出会った生徒の姿を描いている

▼夜学ぶ生徒はさまざまな事情を背負っている。散文詩「最後の夜学生」は病の中にある母を案じ、修学旅行を諦めた野村一男の境遇をつづる。通院する母に付き添うため遅刻と早退を重ねてきた
▼旅行先のスキー場で生徒と過ごす教師は、大阪に残してきた野村のことを思う。「そして眠る前、めいめいの心に問うだろう。修学旅行にきた全クラスの、全校の、全大阪の、日本中の若者の心に問うだろう。〈野村一男をどう思うか?〉」
▼厳しい家庭環境のため、学ぶ機会を満足に与えられなかった若者、働きながら学ぶという道を歩んだ若者は今も全国にいる。さかのぼれば、戦中・戦後の混乱期に青春時代を送ったが故に義務教育すら受けられなかった人もいる
▼この春、珊瑚舎スコーレの夜間中学に3人が入学した。両親を戦争で亡くし、戦後は生活に追われた77歳の入学生、島袋吉雄さんは語る。「残りの人生を豊かに過ごすために学びたい」と
▼県教育庁は珊瑚舎スコーレへの補助事業を打ち切った。島袋さんのような人が学べる場を守ることが社会の豊かさではないのか。「野村一男をどう思うか」。この問いは私たちにも向けられている。