「なんとか村長さんのお助けによって御料(ごりょう)から食ふたけの土地を拝借できるように願ひます」。1925年、北海道新冠(にいかっぷ)村(現在の新冠町)に住むアイヌ民族50人が当時の村長に宛てた嘆願書だ
▼人々は新冠御料(天皇直轄地)の場長に命じられ、何度も移住を強いられた。未開地で過酷な開墾を繰り返すうちに集落の70戸は5~6戸にまで減った。自分たちが住んでいて追い出された土地を、食べていくため「拝借」したいと懇願している
▼嘆願書は平取(びらとり)アイヌ協会の木村二三夫副会長が「北方領土の日」に反対するシンポジウムで紹介した。強制移住させられたアイヌの中に木村さんの父もいた
▼木村さんは「日本人はアイヌモシリ(北海道)を略奪し、文化や言語、人権、尊厳を奪った。力による同化政策は今も続いている」と指摘する
▼日ロ両政府は北方4島を巡る領土交渉を続けている。「日本固有の領土」と主張する根拠に、千島列島にアイヌ民族が居住していたことも挙げられる。一方でロシアのプーチン大統領は昨年12月、アイヌ民族をロシアの先住民族とする考えを示した
▼「(北方4島の)先住民族が日本人やロシア人ではなくアイヌなのは歴然たる事実だ」と木村さん。国策によって土地を奪われ、民族浄化に等しい差別待遇で極貧に追いやられたアイヌ民族の声が領土交渉に反映される日は来ていない。