<金口木舌>ゲンの教訓に学ぶ


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 広島など中国地方には正月20日に麦を褒める唱え事をする「麦褒め」という行事がある。昔は家族総出で麦の芽を踏んだ。「おまえは麦になれ。ふまれて強く根を張り実をつける麦に」。父の言葉を胸に生きたのが「はだしのゲン」だった

▼ゲンは原爆で父や兄弟を失い、原爆後遺症で母も失う。広島の被爆者、中沢啓治さんの自伝的漫画を読んだ時はまだ子どもだったが、眠れないほどの衝撃だった。皮膚がただれた人が水を求めて亡霊のように歩く描写は見るのがつらかった
▼中沢さんは「残酷な場面を見て『怖いっ!』と言って泣く子が日本中に増えたら本当に良いことだと私は願っている」と述べた。戦争の恐ろしさを伝える使命を心得ていたのだろう
▼自身が被爆者であることを隠していたが、母の死を聞きつけた米国の原爆傷害調査委員会が標本のため遺体の内臓の提供を迫る。火葬した母の骨は形状をとどめないほど粉々。それを機に「原爆」と正面から向き合う
▼20年前、漫画家の新里堅進さんと中沢さんは、沖縄と広島の少年を主人公にした絵本を企画。出版社の都合で実現しなかったが、過酷な体験をした2少年が出会う場面ができたかも
▼中沢さんが73歳で亡くなり、戦争のむごさを語れる人がまた1人逝った。2度と軍靴の音を響かせてはならない。ゲンの教訓に、新しいこの国の宰相も学んでほしい。