<金口木舌>無言の語り部の力


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 伊江村中央公民館の隣に「公益質屋跡」という戦争遺跡がある。戦前から残る建物で、コンクリートの壁は砲弾で大きく穴が開き、無数の銃弾痕が痛々しい。68年前の戦のすさまじさを想像させてくれる“語り部”だ

 ▼先月、被災地の宮城県を再訪した。気仙沼市には600メートル内陸まで流された全長60メートルの大型漁船がある。船底には下敷きになり、ぺしゃんこの車。言葉を失った。南三陸町の防災対策庁舎では、何本もの鉄骨が海から陸方向へ折れ曲がっていた。水没したという屋上を見上げ、津波の威力を痛感した
 ▼3・11の惨状を伝える「震災遺構」をめぐり、保存か解体かで地元の意見が割れている。外来者はぜひ残してと思うが、「見るだけでつらい」という遺族の心情も痛いほどよく分かる
 ▼広島の原爆ドームも、当初は解体を望む声が強かったという。戦後20年たって遺族からも保存を望む声が出始め、市が永久保存を決めた。時がたち生活が落ち着いて心にゆとりが出たからだ
 ▼知らない世代に歴史を伝えるには記念碑だけでは限界がある。記憶を刻んだ現物を見ることで、現実感を伴って事実を捉えられる
 ▼保存派も解体派も、震災の教訓を風化させず後世に伝えたいという願いは共通のはず。失ってから後悔することだけは避けたい。結論を急がず、もう少し長い時間軸で考えてもいいのではないか。