<金口木舌>本のチカラ


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 泥まみれの一冊の本がある。東日本大震災から半月後、宮城県気仙沼市で津波の被害を受けた書店から見つかった

 ▼仙台市にある出版社「荒蝦夷」代表の土方正志さんが見つけ、写真に収めた(本紙3月11日文化面)。津波が1階を突き抜けた店舗で店主が残骸の後片付けをしていた。土方さんが見つけたのは自身が出版した本だった
 ▼「商売をやめるつもりだ」と店主はつぶやいた。「記念に持って帰りたい」と土方さんは持ち掛けたが、店主は「取っておく」と返答した。被災後初めて書店を訪れた出版社が土方さんだった、と店主は打ち明けた
 ▼泥にまみれた本の写真は、震災から1カ月後に出版された「仙台学11号」の表紙を飾った。「再開第1号の表紙はこれしかない」と土方さん。気仙沼の書店も商売を再開した。津波に流されなかった一冊の本が出版社を震い立たせ、書店の再開を決意させた
 ▼震災後、明け方まで本をむさぼるように読んだ。大震災、原発事故にたじろぎ震災後の道筋をどうたどるべきか活字の中に答えを探した。被災地で本を必要とする人のために再開した書店がある。仙台の書店は離れた仮設住宅まで本を運んだ。「本のチカラ」は生きる力を支えてくれる
 ▼東北の出版社は被災地の人々の物語を未来につなごうときょうも本を編んでいる。被災地を勇気づけ、被災地の外の人たちと結ぶために。