<金口木舌>「美しい国」の断絶


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 安倍晋三首相の父、晋太郎元外相は「俺は岸の婿じゃない。安倍寛(かん)の血が流れてるんだ」とよく言っていたそうだ。野中広務元官房長官から聞いた思い出話である

 ▼父方の祖父、安倍寛氏は政治腐敗根絶を掲げて1942年の翼賛選挙で非推薦で当選した衆院議員だった。軍部主導の政治を徹底して批判した反骨の政治家で、終戦翌年に51歳で病死した。地元・山口出身の偉人になぞらえて「昭和の吉田松陰」といわれたという
 ▼晋三首相というと母方の祖父、岸信介元首相の印象が強い。改憲論者だった岸元首相の遺言を受けたかのように、晋三首相も憲法改正に熱心だ。その先に「国防軍の創設」を見据える
 ▼戦中に軍部批判をしてきた父方の祖父とは対照的だ。野中さんは「『寛さんの血』と言ったお父さんの言葉を、ぜひ考えてもらいたい」と晋三首相に呼び掛けた
 ▼両手を上げて万歳する人たちと、握り拳を上げる人。歴史的な一日をめぐってこの国では同じ時間に全く異なる意思が示された。東京では祝意が示され、沖縄では怒りが渦巻く。一つの国に二つの異なる血脈が流れているかのようだ
 ▼「主権回復の日」式典で「日本をもっと美しい国にしていく」と締めくくった晋三首相。しかし国内には深い断絶があることを知るべきであろう。戦中に軍部批判をしてきたもう一人の祖父の血があるならば。