<金口木舌> 今と未来への伝言板


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 「父さん さよなら」。携帯電話が普及していない25年前、東京駅の伝言板にあった一文だ。駅の伝言板は当時、緊急かつやむを得ない連絡に使われていた

 ▼作家の井上ひさし氏は著書「ニホン語日記」で、この一文を紹介し「胸にずしんときた…いまだに心のどこかに引っ掛かったまま」とつづった。娘から父への伝言だろうか
 ▼東日本大震災の被災地でも伝言板を見つけた。震災間もなく、通信手段が欠けていたころ、岩手県の宮古市役所の通路にあった。「連絡下さい。無事でいて下さい」。先の一文と同様、書いた人の思いがにじみ、想像をかき立てる
 ▼その被災地の取材で、ある被災者はがれきを前に「津波は年寄りや子ども、老若男女も無差別にのみ込んだ。戦争よりひどい」と語った。多くの民間人が巻き込まれた沖縄戦は念頭になかったと思う。言葉を耳にした時、当時の沖縄の惨状はこうだったのだろうと想像した
 ▼老若男女、敵味方の区別なく沖縄戦の犠牲者を刻銘した平和の礎には今年も62人が追加刻銘される。戦後68年たった今も、地中や海中で名も分からない人々が眠る
 ▼24万余の犠牲者の大半が「さよなら」を誰にも伝言できなかった。名前だけが並ぶ刻銘板。どんな思いだったのだろうか。無言だからこそ、想像をかき立て“非戦への誓い”が湧く。この誓いを、未来永劫(えいごう)に続く伝言にしたい。