<金口木舌> 川崎で演じられた沖縄の心


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 焼け野原になった戦後の神奈川県川崎市。粗末な居酒屋を営む沖縄人(ウチナーンチュ)のおかみを中心に、戦争の傷から立ち上がる人々を描いた市民劇「大いなる家族-戦後川崎ものがたり」が26日、フィナーレを迎えた。石垣出身の父を持つ若い女性教師、特攻崩れの弟、琉球芸能の伝承に奔走する舞踊家、朝鮮半島に帰れず悩む夫婦と配役はどれも存在感があった

 ▼川崎は首都圏有数の沖縄出身者の多い市だ。大正のころ、全国から若い女性を集めた紡績工場で最も多かったのは沖縄女性だった。その後、女性たちを頼り親類縁者が移り住んだ
 ▼沖縄との結び付きは強い。川崎市は1952年に沖縄民俗芸能を市の無形文化財に指定した。灰じんに帰した沖縄の芸能を日本の宝として守りたいという意志だった。川崎駅には沖縄から贈られた「石敢當」がある
 ▼市民劇は過去3作、市の歴史が題材だった。今回は沖縄がテーマ。脚本の小川信夫さん(86)は神奈川で戦中戦後の壊滅と復興を目の当たりにした
 ▼小川さんが次回作の構想中、東日本大震災が起きた。ひらめいたのは戦後を生き抜いた人々の姿だった。「踏まれても立ち上がる人間の力、絆の大切さを沖縄の人を通して描きたかった」と話す
 ▼市民劇は新しい命に皆が希望を見いだして終わる。川崎の地で演じられた沖縄人の物語は静かな感動を呼んだ。苦難の歴史を風化させてはならぬ。