<金口木舌> 米軍をシカシた街から


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 おだてたり、なだめすかしたりすることをウチナーグチで「シカスン」と言う。あまり上品ではないこの言葉。強権を振り回す相手に向けられたとき、抑圧される者の憤りと苦渋を帯びる

 ▼長年、沖縄市の水道事業に携わった仲宗根健昌さんが講話で発したこの言葉を聞き、似た響きを感じた。おだてた相手は米軍。時は1958年、コザ市の水道事業黎明(れいめい)期の出来事
 ▼街の発展のため水道の敷設に着手したものの、肝心の水源が確保できない。米軍の水源地である比謝川上流を使いたいが、返事は「ノー」。市幹部と担当職員は困り果て、「アメリカー チャーシ シカスガ」と相成った
 ▼どうやって米軍をおだてようか知恵を絞る市幹部たち。「真正面から向かっても米軍にはかなわない。反発すればオフリミッツにやられる」という憤まんが「シカス」に込められたと仲宗根さんは回想する
 ▼米軍の顔色をうかがい、なだめるのは過去の話かもしれない。しかし、基地を抱え、米軍や日米両政府の都合に振り回され続ける街では、「シカスン」の裏にへばりつく憤りや苦渋の記憶は今も生々しい
 ▼米国をおだてることに執心し、沖縄に対しては強権をもって臨むような現政権の立ち居振る舞いも、この街から透けて見える。そろそろ米国と真正面から向き合ってはどうか。憤りを胸に米軍をシカシてきた街から注文したい。