<金口木舌> 首相と亡霊


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 1970年、英国での話。超常現象雑誌の編集者がある港町を舞台に幽霊話をでっち上げて載せた。司祭の霊が夜な夜な歩き回ると。3年後、テレビ局が現地取材したところ、目撃者が次々と現れ、2人の警察官まで証言した

 ▼『超常現象の科学』(文芸春秋)が紹介する実話だ。著者の心理学者リチャード・ワイズマン氏は数々の実験結果を例に、幽霊を信じやすい人ほど怪奇体験をしやすく「幽霊の出没に必要なのはただ一つ、暗示の力だけだ」と結論づけた
 ▼一国のリーダーも暗示にかかっているのだろうか。首相公邸の幽霊のうわさだ。なかなか引っ越さない安倍晋三首相は「都市伝説」と一笑に付すが、森喜朗元首相が足を見たとか、おはらいをした首相もいたとか、まことしやかに伝わる
 ▼旧官邸を移築した公邸は、1932年の五・一五事件で犬養毅首相が暗殺された現場。36年の二・二六事件の弾痕も玄関に残るという。日本が暗い歴史を迎える前夜だ
 ▼幽霊の真偽はともかく、公邸の主が進める国造りに、怪しい影がちらつくのは気のせいだろうか。国防軍やら、道徳の教科化やら、表現の自由の制限やら、前世紀の亡霊がよみがえったように映る
 ▼国民が国家という魔物に暗示をかけられていたあの時代。暑い夏に涼を呼ぶ程度の幽霊話ならまだしも、背筋が凍るような世の再来だけは勘弁願いたい。