<金口木舌>薬、人を殺さず


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 全米に衝撃が走ったのは1982年9月。市販の鎮痛薬タイレノールを服用して死亡する人が2日間で7人に達した。何者かが毒物のシアン化合物を混入させていた

▼一報を受けた発売元のジョンソン・エンド・ジョンソン社は直ちに動く。テレビや新聞を使い、計12万回以上も消費者に注意を呼び掛けた。店頭や家庭から3100万個を回収し、さらに薬の包装を三重にする防止策も施した。損失は1億ドルに上ったものの、積極的な情報公開が好感され、信頼は戻った
▼この一件は危機管理の模範例としてよく語られる。同社には緊急時マニュアルはなかった。代わりに企業理念「我(わ)が信条」の第1項目「消費者の命を守る」が日頃から社員に徹底されていた。経営陣だけでなく、現場の一人一人が自ら考え、迅速に行動したという
▼それに比べ、先日発覚した降圧剤の臨床データ改ざんは情けない。ノバルティスファーマ社の元社員が関与し、自社製品に有利な操作をした疑いが強い。鍵を握る彼は退職を理由に聴取に応じていない
▼年間1千億円以上を売り上げる降圧剤。患者の不安は大きい。元社員の念頭に「消費者」はあったのだろうか
▼「薬(くすり)人を殺さず、薬師(やくし)人を殺す」という慣用句がある。薬を扱う側の責任は重い。誰のために、何のために仕事をするのか。倫理観を欠き、私益に走れば薬も毒になってしまう。