<金口木舌>不条理に迫った作家


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 大学2年で軍需工場に動員され、人を殺す弾を磨く日々だった。ある日、文庫本を読んでいると、将校に見つかり「非国民め」と平手打ちを食らった。永眠した作家・山崎豊子さんの体験だ

▼「その日から書く方向をはっきりと覚悟した」という。「そのときの辛(つら)さ、悲しさが作家としての原点」になった。思いは「不毛地帯」「二つの祖国」「大地の子」という重厚な戦争3部作に結実した
▼沖縄に目を向けるのは、ひめゆり平和祈念資料館を訪れてからだ。「生まれる場所が違えば、彼女たちの運命は私の運命であった」。語り部の証言に涙し、今まで知らないでいたことを悔い、沖縄を書かなければという思いが募ってきた(「作家の使命 私の戦後」)
▼精力的に沖縄を取材する。ガマに入り、基地を見詰め、数多くの人と会った。「巨大な米軍基地の禍々(まがまが)しさには、声を失った」。歴史に限らず食文化や芸能、闘牛までも徹底して調べた。史実を基に、フィクションとして人間ドラマを描く社会派作家の真骨頂だ
▼沖縄返還密約を描いた「運命の人」の第4巻は沖縄戦後史を凝縮している。主人公に「沖縄に住んでこそ実感できたこの不条理を、もっと国民全体が知らねばならない」と語らせた。自身を投影させた
▼最後となった長編で山崎さんがあぶり出そうとした国家によるひずみは、今なお残る。まだまだ書いてほしかった。