<金口木舌>モデルになった弟に


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 弟は、赤ちゃんから7歳ぐらいまでまん丸な顔をしていた。どこかアンパンマンに似ている-とやなせたかしさんは書いた。2歳下の弟、千尋さんは21歳で、人間魚雷と言われた海軍特攻隊特殊潜航艇「回天」でフィリピン沖に沈んだ

▼七つボタンは桜にイカリと歌われ、もてはやされたが、千尋さんは兄には吐き捨てるように言ったそうだ。「短剣吊(つ)った猿芝居」だと。やなせさん自身も召集されて中国大陸で飢えに苦しんだ
▼おなかがすいた子には自分の顔をちぎって食べさせる。ばいきんまんには得意のアンパンチを食らわせるが、致命的な痛めつけ方はしない。弱きを助ける優しい自己犠牲のヒーローだ
▼「声高に語る正義はうそくさい」「聖戦と思っていたら実は違った。ひもじい人を助けるのがどこへ行っても正義の味方」。アンパンマンはやなせさんの平和への願いから生まれた
▼やなせさんの夢にたびたび出てきた弟は南の孤島のジャングルで20人の子を持つ王様になっている。日本に帰ろうと促すと「兄ちゃん、ぼくはここがいい。ここは自然に生きていられる。短剣吊った猿芝居をしなくていい」と言う
▼震災の地でもアンパンマンの絵本と歌は子どもたちを勇気づけた。今ごろアニメのモデルとなった千尋さんと語り合っていよう。勇ましい言葉の陰で寛容さを失ったこの世に眉をひそめながら。