<金口木舌> 震災遺構を残すために


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 そこはすっかり更地に変わっていた。全長60メートルの大型漁船「第18共徳丸」が津波で打ち上げられた宮城県気仙沼市の鹿折(ししおり)地区だ

 ▼先日、東北の被災地に足を運んだ。2月に初めて目にした際は、その大きさに圧倒され、津波の威力をまざまざと感じた。解体を終えた今は跡形もない。「観光バスも降りることはなく、車窓から見て通り過ぎていった」と地元紙は伝える。仮設商店街の店主も客足が遠のいたと嘆いていた
 ▼訪れるたびに、津波の惨状を物語る震災遺構が次々と消えていく。建物2階に乗ったバス、陸前高田の市民会館…。象徴的な南三陸町の防災対策庁舎も取り壊しが決まった
 ▼解体が加速しているのは、保存費用も一因だ。国は撤去なら予算を付けるが、保存は調査費だけ。だから自治体は二の足を踏む。今週に入り、宮城県も復興庁もやっと保存への支援検討を表明した。遅きに失した感はあるが、まだ間に合う
 ▼「見るのがつらい」という遺族の心情は痛いほど理解できる。一方で、震災遺構の訴求力は計り知れない。周りに高い木を植えて見えないようにするなど、工夫はできないか
 ▼人は忘れる生き物だ。千年に1度の大災害も既に風化が始まっている。保存を決断して、ガイドを養成し積極的に防災学習に活用している地域もある。大震災の教訓を未来に伝えるためにも、知恵を絞りたい。