<金口木舌>森を守る覚悟


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 「森を伐(き)るなら俺を斬ってからにしろ」。日本最大の照葉樹林で知られる宮崎県綾町の元町長、郷田実さんが発した言葉だ。自然を守る、と言葉にするのはたやすいが、郷田さんほどの決意を私たちは持っているだろうか

▼郷田さんが町長に初当選したのは1966年。綾町は高度経済成長の波に乗れず、唯一の産業といえる林業は衰退、公共工事も一段落して住む人は減る一方。そんな時、持ち上がったのが国有林の伐採だった
▼伐採と植林で短期的にせよ雇用が生まれ、町は潤う。町民、議会の多数が賛成する中で、反対の論陣を張った。その根拠は「森がなくなれば、土も川も水も死ぬ」。生物の連鎖を守る闘いだ
▼郷田さんの発想に驚くのは、1960年代に住民の暮らし、地域の自然を観光資源とする「グリーンツーリズム」につながる提言をし、実行したことだ。今、綾町はユネスコの生物圏保存地域(エコパーク)となり、年間80万人が訪れる
▼産業は衰退、若者も流出するが、豊かな森は残されている。かつての綾町はやんばるの今と重なる。ただやんばるでは森を開いて林道が張り巡らされ、基地建設も進む。われわれが失うのは、森でなく未来か
▼郷田さんはこうも言った。「行政の役割は住民ニーズに応えるより、トレンド(近未来像)を示すこと」。古里の未来を示す気概と覚悟、やんばるの首長はお持ちか。