<金口木舌>取り調べの全面可視化


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 事故を起こした男性は頭を打ったために記憶がなかった。にもかかわらず供述調書では最大20キロも走行速度を上乗せされた。わが身に置き換えれば、ゾッとする話である

▼那覇地裁沖縄支部(山下浩之裁判官)の自動車運転過失致死事件の3日の判決は、捜査側が「誘導ないし示唆に基づいて」供述調書を作成した可能性があることを見抜き、検察側が示した走行速度を退けた。捜査の取り調べ過程を録画、録音する全面可視化を促す判決と言っていい
▼事故全体で争いはなかったが、公判の基になる起訴事実に、あらぬ“蛇足”があった。速度超過が大きいほど過失程度は加重され、量刑に反映される。争点は検察側の「走行速度は70ないし80キロ」との起訴事実だった
▼警察官は取り調べ段階で、提示した走行速度を認めるように仕向けたとみられる。その後、男性が事故前後の記憶をたどると、そんな速度では走っていないことに気付いた
▼憲法などの規定から任意性を欠く供述は証拠能力が否定される。記憶のない容疑者に警察官が資料などを提示し、誘導あるいは示唆すれば、供述調書は証拠能力を失うのである
▼事件は可視化のないままの取り調べが捜査側、容疑者双方に不都合なことを示した。裁判官が供述調書の任意性の欠如を見抜けば救われるが、そうとも限らない。全面可視化こそが一番の良策である。