<金口木舌>寡黙で心優しい男


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 東京は葛飾柴又と言えばご存じ、フーテンの寅さんの舞台。映画の趣を残す帝釈天の参道を通り過ぎると寅さん記念館があり、映画「男はつらいよ」の名場面を鑑賞できる

 ▼懐かしい顔の数々、もう映像でしか見られない人も多い。米倉斉加年さんもその一人となった。沖縄の本土復帰の年に封切られた「男はつらいよ寅次郎夢枕」では八千草薫さん扮(ふん)する千代に恋する東大助教授役を演じた
 ▼無口で食事時も本を離さない生真面目過ぎる男は笑いを誘った。だが、若者には寅さんの恋敵というより中学国語教科書に載った話を挙げた方が分かるだろう。米倉さん作の「おとなになれなかった弟たちに…」だ
 ▼太平洋戦争の真っ最中、小学4年の少年に弟が生まれた。食べ物が十分になくお母さんはお乳が出ない。弟の食べ物は時々配給される1缶のミルクだけ
 ▼育ち盛りでおなかがすいてたまらない少年にミルクはあまりにも魅力的で、ついつい盗み飲みしてしまう。弟は栄養失調で亡くなり、少年は一生消えない悲しみと罪の意識を持って生きてゆく。少年とは米倉さんのことだ
 ▼寡黙で心優しく、愁いを含んだ男を演じるとはまり役だった。それも背負ったものの重みの故か。戦争の悲惨さを身を持って知り、それを隠さずに語った。もっと伝えてほしかった。飢えておとなになれない子どもが、二度と出ないために。