<金口木舌>街の指定席


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 バーのカウンターに据えた丸いすに座る太宰治の写真を一度は見たことがあろう。撮影は1946年。戦後日本を代表する写真家・林忠彦が無頼派作家の肖像を切り取った

 ▼店の名は「ルパン」。太宰はいつも隅の席に座ったという。28年に開店した老舗バーは東京・銀座で今も営業を続けている。太宰の席を訪ねる客もいるようだ。失意と希望が交錯した時代の指定席と言えよう
 ▼文豪を気取るわけではないが、なじみの飲み屋では決まった席に座る。いつもの席で店内を眺めながら、じっくり飲むのは気晴らしにいい。別の席だと座り心地が気になって、早々に店を出る
 ▼老舗にはなじみ客の指定席がある。席と客が対となった風景に店の歴史を感じる。開店50年になる沖縄市のギターラウンジ「アルハンブラ」もそのような店の一つ
 ▼街の音楽家や芸術家が集い、ギターの生演奏を楽しみ、議論を重ねた。客の指定席からコザの文化が羽ばたいた。店内で恋を語った若者もいた。彼の指定席は柱に隠れた奥の席。内緒話にはぴったりだ。先月末、なじみ客が節目の年を祝った
 ▼店内に「指定席」と題した詩が掲げられている。店主の渡久地幸子さんの友人が書いた。「宙ぶらりんな夜は いつもの店 いつもの席で ひとり揺れてみる」のフレーズにうなずく。心を慰め、元気づける老舗の指定席は街の財産となる。