<金口木舌>沖縄戦の記憶風化避けよ

 思いっきり力を込めてもびくともしなかった。那覇大綱挽を見学したことは何度もあるが、参加したのは学生時代の一度だけだ

▼引いている感じがしないのにじわじわと大綱が動く不思議な感覚を覚えている。勝敗は別にして大勢の人が力を合わせて大綱を動かすことにも感動した。県民が誇りとする沖縄の行事の一つだ
▼36年間、中断していた那覇の大綱挽が復活したのは1971年だ。2000年から月曜日を休日とする「ハッピーマンデー」のため期日が変更されたが、それまでは10月10日に開催されてきた
▼1944年のこの日、米軍機による爆撃で那覇市の旧市街地の約9割が焼け野原になった。復活した那覇大綱挽はもともと「10・10空襲」の犠牲者を追悼するために行われた。だが現在の祭りから追悼の要素を感じ取るのは難しい
▼空襲から70年を経たことし、体験者の男性が当時の様子をつづった手紙や罹災(りさい)証明書が見つかった。男性の孫の比嘉佐和子さんは「戦争を忘れないように」という祖父のメッセージと捉えたが、大いに共感する
▼沖縄戦の体験者は減りつつあるが、沖縄戦の記憶が刻まれた物は今後も見つかるだろう。沖縄戦の記憶を風化させてはいけない。那覇大綱挽は台風19号の影響で19日に延期され10月10日からさらにずれたが、復活当初の狙いを思い起こして綱を引いてみたい。