<金口木舌>誰もが避けられないこと


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 あるアンケートで、将来認知症になった場合、延命措置を「断る」と答えた人にその理由を聞いた。日本人で圧倒的に多かったのは「家族や周囲の人に迷惑を掛けたくないから」だった

 ▼著書「『痴呆老人』は何を見ているか」で、大井玄医師は米国なら「自分の独立性、自律性を失うから」が理由になると指摘する。周りの人間関係に目が向く日本人と、あくまで自己に関心が向く米国人との違いだそうだ
 ▼「安楽死」をネット上で予告し、その通りに亡くなった29歳の米国人女性の最期が議論を呼んでいる。女性は脳腫瘍で余命半年を宣告され、激しい頭痛に苦しんだ。これ以上苦しむ前に、と尊厳死法のあるオレゴン州に移り住み、医師の処方する致死薬を服用した
 ▼女性はブログに「すべての米国の末期患者が、自分の最期を選べるようになるのが夢」と書いた。自身の独立性、自律性を尊ぶ精神がここにも見える
 ▼しかし、まだ緑の葉をつける木を自ら切り倒してしまったような感があるのも事実。人の死生観はさまざまで、その是非を簡単に語ることはできない。女性の決断に解はないような気もする
 ▼日本では「安楽死」に至らずとも、過剰な延命措置を断る「尊厳死」についても意見が割れている。死という誰もが避けられない運命の行く先を、自分のこととして考える議論をもう少し進めてもいい。