<金口木舌>歴史の証人・糸満ロータリー

 住宅街を歩くと最近、郷愁を覚える風景がある。角(つの)出し住宅だ。コンクリート平屋の屋上に50センチほどの柱が何本か突き出ている。将来の増築に備えた希望の象徴だが、新築では見掛けなくなった

▼セメント瓦も懐かしい。300年余の歴史を持つ赤瓦に比べて、こちらは戦後普及した“新参者”。工費が安く葺(ふ)きやすいとあって復興期に木造住宅の屋根に使われ、町並みに溶け込んできた。角出しもセメント瓦もアメリカ世(ゆー)に生まれた沖縄文化だ
▼7日付で改修が報じられた糸満ロータリーも、アメリカ世を伝える歴史の証人といえる。終戦後、沖縄を占領した米軍は大量の重機やトラックを持ち込み、基地や道路建設を進めた。土地を敷きならし、交通の要衝ではロータリーを造った
▼信号機なしで数多くの車をさばけるロータリーは、復興期の沖縄には最適の交差点だった。今は東北の被災地や途上国でも導入が進んでいる
▼糸満と並び3大ロータリーと呼ばれた嘉手納と泉崎(那覇市)は国道の整備とともに消えてしまった。糸満は今回の改修で、信号なしの本来のロータリー機能を取り戻す
▼糸満の戦後はここから始まった。かつて近くには物資輸送車のモータープール(集積所)や軍政地区事務所などが置かれ、復興への息吹が聞こえていた。県内唯一のロータリーを、戦後史を語り継ぐ場としても活用したい。