<金口木舌>臭いの記憶


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 「逆立ち幽霊が出る」と恐れられた「まかん道」は、カフェが並ぶ通りや公園に変わった。那覇新都心に近い真嘉比地域は、25年間の区画整理を経て、整然とした住宅街に一変した

 ▼過去の記憶を頼りに地域を歩く。不思議なことに、昔の風景とともに思い出すのが匂いだ。ヤギ小屋の臭い、墓を覆った雑草の青臭さ、公民館近くにあった香木が夜に放つ香り。嗅覚は記憶を鮮明にする
 ▼童謡の「おかあさん」は「おかあさんていいにおい」と語り掛けるような歌詞が印象的だ。「おりょうりしていたにおいでしょ」「たまごやきのにおいでしょ」と結ぶ。暮らしの中の匂いに、母親の姿が重なっている
 ▼南風原町は臭いに着目し、画期的な取り組みを始めた。沖縄戦のさなか、町内の黄金森に造られた陸軍の病院壕に充満した臭いを再現したのだ。「臭いも大切な証言の一つ」という考えが基になっている
 ▼病院壕で傷病兵の手当てに動員された元ひめゆり学徒隊らから当時の臭いを聞き取り、県外の研究所に委託して香料を配合してもらった。血液やうみ、排せつ物などが混じった臭い。26日以降、公開中の「20号壕」の入り口前で瓶に詰められた臭いを嗅ぐことができる
 ▼ここ数年、戦争を賛美する小説や映画が目立つが、戦争は残酷で人間性を奪い取るものだ。病院壕の臭いは戦争の本質に思いを巡らせる手掛かりになるだろう。