<金口木舌>戦争の風化から美化へ


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 山のように積まれた髪の毛の束に足がすくんだ。ポーランドのアウシュビッツ強制収容所跡でのこと。織物の材料にするため遺体から切り取られたものだ。栗毛(くりげ)、茶、黒、赤毛。一人一人違う持ち主を想像して身の毛がよだった

▼1988年の冬、雪の積もる現地を訪れた。冷戦中の当時は訪れる人もまばら。薄暗い展示室で犠牲者の何千足もの靴と向き合った。眼鏡だけ、歯ブラシだけ、かばんだけの部屋が続く。大量の遺品が、史上最悪の虐殺の残忍性を訴えてきた
▼収容所解放から70年を迎えた。ナチスがここで奪った命は110万以上。人類の過ちを直視し学ぶ場として、昨年は過去最高の153万人が訪れ、7割を若者が占めた
▼日本はどうか。大阪の戦争博物館ピースおおさかは4月の改装で「侵略」の表現を削除する方針だ。日本軍「慰安婦」問題では、朝日新聞の誤報を逆手に、「慰安婦」の存在を全否定するすり替えの言説が流布している。安倍首相は戦後70年談話に「侵略」を入れることに否定的とされる
▼今、戦争は「風化」から「美化」の段階に空気が変わりつつあるように思える。自国の負の歴史と真摯(しんし)に向き合うことは、外国と協調し平和な未来をつくるために必要な作業だ
▼アウシュビッツ博物館の入り口にこんな言葉が掲げられている。「歴史を記憶しない者は、再び同じ味を味わわざるを得ない」