<金口木舌>負けることのすごさ


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 将棋の羽生善治4冠が勝ち星を歴代単独3位となる1309勝に伸ばした。前人未到の7冠独占から19年、長年第一人者として活躍する姿に尊敬の念を覚える

▼同時に思い出したのがもう一人の天才棋士。勝ち星で歴代2位、1319勝の加藤一二三(ひふみ)・九段だ。史上初の中学生プロ棋士、最年少名人挑戦者など記録尽くしの加藤九段のすごさは、史上初の1000敗達成という記録も併せ持つことだ
▼名人挑戦者を決める順位戦リーグなどを除けば、将棋はほとんどが負ければ終わりのトーナメント戦。単に弱ければ引退しかない。黒星を積み重ねるには、同じくらい勝つ必要がある
▼1000敗達成時のインタビューで加藤九段は「消化試合と思って指した将棋は一局もない」「結果は出なくても努力によって限界は突破できる」と語っている。強さだけでなく、この心意気が加藤九段の魅力だ
▼「負け」「黒星」という言葉にはどうしても後ろ向きなイメージがある。だが加藤九段の生き方にならえば、敗戦は次なる一手への原動力でもある。人生、挫折はあるかもしれないが、わずかの負けで諦めることはないと教えてくれる
▼加藤九段は75歳の今も現役を続け、負け数は1135まで伸びた。凡人には及ばないかもしれないが、心意気だけはまねしたい。負けは終わりではない、その教えを胸に刻んで。