<金口木舌>ビキニデーに考える


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 3月1日は「ビキニデー」だ。1954年のこの日、日本の漁船「第五福竜丸」が、米国の水爆実験によって被ばくしたことにちなむ

 ▼米国が第2次大戦後、初めて太平洋のビキニ環礁で原爆実験を行ったのが46年。その8年後に悲劇は起きた。映画「ゴジラ」を生むきっかけにもなったとされる
 ▼核廃絶を求める日に当たり、事件を報じた61年前の本紙を読み返した。首をかしげるのは日米政府の対応だ。外務省は米国から危険水域の連絡があったにもかかわらず、海上保安庁や水産庁に通告していなかった
 ▼米国も事件から約3週間たった時点で「(被災は)誇張されている」と主張した。米国の世界戦略に口を出すなということか。現代の米軍普天間飛行場移設問題やオスプレイ配備と同じ考えが発言の裏に透けて見える
 ▼半世紀以上たったが、放射線被害の恐怖は今も去ったわけではない。例えば福島県の東京電力福島第1原発だ。高濃度の汚染水が流出したが、東京電力は知っていながら公表しなかった
 ▼今も昔も強者の都合で情報が選別され、市民は危険にさらされる。54年3月21日の本紙社説はこう説いている。「原子力は兵器や政治の問題を超え、人類と人道につながっている課題」だと。原子力に限らず、市民が求めるのは情報を共有することだ。多くの知恵が集まってこそ過去の教訓は生かされるはずだ。