<金口木舌>故郷へ誘う香り


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 2年ぶりに東京へ行き、なじみの沖縄物産店に寄った。店主に近況を報告していると作業服姿の若い男性が来店し「島ラッキョウ置いてますか」と尋ねてきた

 ▼6年前に故郷の名護を離れ、本土で働いているという。島ラッキョウやスクガラスが好きで時々買うらしい。手のひらに乗る小粒や瓶を埋める小魚から漂う香りは、男性を故郷へ誘うだろう
 ▼沖縄の家族が段ボール箱に詰めて送ってくる沖縄そばや島野菜がありがたい。そんな話を単身赴任者から聞く。小箱を満たす故郷の空気は、数ある沖縄料理店のそれとは異なる香りを帯びている
 ▼沖縄から本土へ送る食料品と言えばポーク缶詰が定番であった。米軍統治の名残である。戦前、関西の紡績工場で働いた県出身者には油みそが届いた。厳しい差別があった時代、香ばしい油みそに慰められた人もいただろう
 ▼香りというよりもにおいが漂ってくる。1960年代末、県出身学生が集う東京の南灯寮で寮生たちがヤギを調理した。故郷を思い、熱く議論した時代。それはヤギ汁に似て味くーたーであった
 ▼研究用のヤギを盗んで食べた2人のベトナム人に岐阜地裁が有罪判決を下した。過酷な労働と貧困に追い詰められた末の犯行という。許されない行為だが心が痛む。空腹を満たしてにおいをかいだ時、故郷の山河やいとおしい家族を思い浮かべていたかもしれない。