<金口木舌>伊江島の教え


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 沖縄戦中、伊江島で命を落とした米従軍記者アーニー・パイルの写真が県公文書館に収められている。44歳という年齢の割には老け込んで見える。過酷な戦場取材で心身をすり減らしたか

▼無名兵士を描いたコラムで人気を博したパイルは、哀れみを込めて米軍の監視下に置かれた沖縄住民を描写した。「連れて来られた沖縄の民間人は気の毒だ。うんと年寄りか、幼い者しか残っていないようで、皆実に貧しい」
▼「ブーテン」の愛称で親しまれた小那覇全孝はパイルに託して「あねる美ら島ぬ/世界(しけ)にまたあゆみ/我身(わみ)んうぬ島ぬ/土と果てら」という琉歌を詠んだ。島人1500人も地上戦で倒れた
▼戦禍が島を去り、悲しみの地に花が咲く。だがパイルの死の10年後に始まった米軍の土地強制接収は島を切り刻む。島人は「アメリカぬ花ん/真謝原ぬ花ん/土頼てぃ咲ちゃる/花ぬ清(ちゅ)らさ」と琉歌を詠み、抑圧と非道に抵抗した
▼場所を変えて抑圧と非道は現在も続く。日本政府が強行する辺野古沖の「海の強制接収」は米軍の「銃剣とブルドーザー」にも比すべき暴挙である。自国民への理不尽をパイルならどう描くだろう
▼新基地阻止を訴える県民集会が週末開かれる名護市瀬嵩の浜を訪ねた。風に揺れるセンダングサの小花を見ると心が和む。花咲く浜辺を守るためにも理不尽を止めよう。伊江島の教えを胸に。