<金口木舌>「ひめゆり」は続く


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 1994年に他界した写真家の平良孝七さんに、ひめゆり学徒隊の生存者を撮った作品がある。80年代初めに撮影された。沖縄戦を生き延びた元学徒の貴重な記録である

 ▼元学徒はまだ50代半ばだった。撮影の時、どのような会話を交わしたのだろうか。当時、平良さんは40代半ば。彼も沖縄戦の体験者であり、親族を戦地で失った遺族であった
 ▼ひめゆり平和祈念資料館の館内講話終了という報に触れ、平良さんの作品集を見直した。元学徒の物憂げな表情に悲惨な体験の一端を見る。地上戦の痛手を負い、苦難の歩みを続けた戦後沖縄の素顔と重なる
 ▼生き残ったがゆえに苦悩した。学徒隊を殉国美談にゆがめる風潮に憤った。元学徒の戦後の足取りは重かった。豪雨が続いた戦場の泥濘(でいねい)を歩むように。それでも資料館を築き、生きる者の責務として自らの体験を語ってきた
 ▼学徒として犠牲となった少女たちの幼い肖像写真が資料館に並ぶ。この空間で亡き学友と心を共にして、証言活動を続けてきたのであろう。90歳を前にした元学徒の表情に、戦場をさまよった幼き日の面影を見る
 ▼70年前、学園生活を奪われた少女たちが砲撃や空襲の中、戦場に動員された。激しい炸裂(さくれつ)音と学徒の動揺を想像しよう。今を生きる私たちの責務として。平和を求めるひめゆりの歩みは、世代を超えて、これからも続く。