<金口木舌>健忘症に付ける薬


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 世の中にはさまざまな権利がある。最近話題を集めたのが「忘れられる権利」。ネット上に蓄積した個人情報の削除要求は法廷でも争われている。ヤフーは情報の削除に関する基準を公表した

 ▼ネット社会が生んだ権利とは対局にある古い詩を思い出す。フランスの女流画家マリー・ローランサンの「鎮静剤」である。「死んだ女より/もっと哀れなのは/忘られた女です」という一節が痛切だ
 ▼90年前、堀口大学が訳した詩に曲を付けて歌ったのはフォーク歌手の高田渡。1970年代のことである。忘れられる身の悲哀が心に染みる歌だった。彼は山之口貘の作品も取り上げ、評判を呼ぶ
 ▼その貘は1951年の作品「沖縄よどこへ行く」で「蛇皮線を忘れずに/泡盛を忘れずに」と呼び掛け、異民族統治下にある故郷の復帰を待ち続けた。ところが為政者は都合よく沖縄を忘れる
 ▼49年、知日派の記者フランク・ギブニーは米雑誌「タイム」に書いた記事「沖縄-忘れられた島」で「米軍は占領中に沖縄人を時には日本よりも厳しく扱ってきた」と告発した。今、日本という国は沖縄をどう扱っているか
 ▼選挙結果を忘れ、沖縄の民意から目を背ける大臣がいる。公約を忘れ「責任」という言葉を弄(ろう)して市民運動と対峙(たいじ)する国会議員がいる。意図的な健忘症がなせる技だ。付ける薬はないのだろうか。こんな権利は許されない。