<金口木舌>かけがえのない存在


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 「たわむれに母を背負ひて そのあまり軽(かろ)きに泣きて 三歩あゆまず」。苦労を掛けた母。ふざけておぶったらその軽さに老いと自分が掛けた苦労を知り、涙をこぼした。石川啄木の有名な歌だ

▼放蕩(ほうとう)者だった啄木は親に苦労を掛けた自責の念から父母を詠んだ歌も多い。「燈影(ほかげ)なき室(しつ)に我あり 父と母 壁のなかより杖(つえ)つきて出(い)づ」。老いた両親が長男の自分を頼り、壁から出てくる。幻想的なこの歌からも自責の念を感じる
▼年金や社会保障などがある現在は啄木の時代とは違う。だが、高齢者の扶養に対する家族の悩みは解消されていない。厚生労働省の発表では、2013年度の家族らによる高齢者虐待は1万5731件で前年より529件増えた
▼一方、介護施設職員の虐待も13年度は221件で過去最多だ。12日付本紙によると、NPO法人の調べで全国の高齢者施設のうち、17%で虐待があったと認識していたという
▼先行きの不安が高齢者の虐待を誘発しているとの分析もある。先のNPOの調査では、職員が不足するほど虐待が多くなる傾向があった。社会全体で支える体制の構築や研修などによる介護職員のさらなる質向上が急がれる
▼子にとって親は掛け替えのない存在だ。施設に入所する高齢者も、その子にとって一人一人大切な存在だ。きょう13日は啄木忌。啄木が歌に込めた思いをかみしめたい。