<金口木舌>粛々と渡る川の向こうは


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 子どものころラジオから流れる浪曲で耳なじみになった一節に「鞭声粛々(べんせいしゅくしゅく)、夜、河を過(わた)る」があった。江戸後期の学者、頼山陽(らいさんよう)の詩で、川中島の戦いで上杉謙信軍が武田信玄軍に奇襲を仕掛けようと静かに迫る場面である

 ▼「粛々」は敵に悟られないよう静かに馬にムチ打つ音の擬音語だ。この「粛々」という言葉は中国古代からあり、「厳か」「静か」という意味を持つ一方、鳥が羽ばたく音の擬音語でもあったという
 ▼しかし詩が広まるうちに列の進む様子を示す擬態語となり、「列を乱さず進む」「集団が秩序を保って何かを遂行する」というイメージに転じた。「政治家はなぜ『粛々』を好むのか」(円満字二郎著)から引いた
 ▼「列を乱さず進む」ことから、相手に意見を言われても足は止めないという印象を受ける。政府は4月28日の「主権回復の日」式典を、今後も節目の年に開催すると明言した
 ▼初めて開催した2年前は沖縄の強い反発が起こり、菅義偉官房長官が「祝いではない」と釈明に追われた。しかし舌の根も乾かぬうちに、自民党はこの日を祝日にするよう法改正を求める
 ▼日米首脳会談では、国会審議もしていないのに日米安保条約の枠組みを超える日米の軍事協力指針を決めた。誰が何を言っても足を止めないこの政権が粛々と渡る川の向こう岸は、過去の歴史を忘れた国なのだろうか。