<金口木舌>「やじ」に宿る本質


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 「此世(このよ)をば/どりやお暇(いとま)に/線香の/煙とともに/灰左様なら」

▼弥次さん喜多さんの道中記「東海道中膝栗毛」で知られる江戸時代の人気作家、十返舎(じゅっぺんしゃ)一九(いっく)の辞世の句とされる。最後は貧しさの中で世を去ったという詠み手の本心がどうであれ、死を前にしたユーモアの美学はその粋を後世に伝える
▼弥次さんこと弥次郎(やじろ)兵衛(べえ)は太って下卑たおやじだが、音楽や文学に通暁する教養人の顔もある。同じ「やじ」でも粋でもなければ議会の華でもない、単なるやじ馬の下品さとも看過できないやじがある
▼戦後日本の大転換を審議する安全保障法制の衆院特別委。安倍晋三首相は28日、民主党の辻元清美氏に「早く質問しろよ」とのたまい、批判を受けてわびた。かの首相、2月の衆院予算委でも民主党議員に「日教組」とやじって謝罪に追い込まれた
▼辻元氏へのやじで民主党の枝野幸男幹事長は「首相としてあるまじきことが全国民注視の下で起きた」と批判。一方で菅義偉官房長官は「中身よりもそういうこと(やじや失言)が議論になっている」と牽制(けんせい)した
▼越えてはならない一線を軽々と飛び越える一国の首相の言葉に薄ら寒い軽さを覚え、そこに異なる主張を持つ他者に対する大いなる不寛容を見る。もちろん安保法制審議の中身が大事だが、ふとした言動やその表情の細部に本質が宿ることもある。