<金口木舌>音の記憶


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 その老女はずっと表情に生気がなかった。いろいろ施術したが、感情に火がともることはなかった。それがある日、彼女に笑顔が戻り、過去の記憶を生き生きと語り出すようになった

▼彼女がしたこと、それは昔好きだった音楽を聴くことだった。完全な治療法がない認知症・アルツハイマー患者に対して近年、音楽療法が医学的効果が高いと注目されている
▼思い入れのある曲を聴いた患者は、体を揺らして踊り出し、失われたと思われた記憶を楽しげに語り出す。昨年公開された映画「パーソナル・ソング」は認知症への音楽療法を追ったドキュメンタリーで、米国の国際映画祭で観客賞を受賞し話題となった
▼学生のころ聴いたフォークソングに触れると当時の情景がまざまざと浮かんでくる。何に興味を持ち、何に没頭していたか。ほろ苦い記憶とともに感情がよみがえる
▼一方で「負の音の記憶」と呼ぶべきものもある。戦後70年が経過しても沖縄の空には「戦争につながる音」が絶えない。沖縄戦体験者は米軍機の爆音で当時を思い出し、今も戦争は続いていると話す
▼映像なら視覚で当時の様子を知ることができる。ほかの五感の音やにおいはなかなか難しい。南風原町は病院壕の臭いを再現し新たな継承を模索している。「音の記憶」の継承は、今も基地という形で体験者を苦しめ続けている。