<金口木舌>亡き人に手向ける帽子


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 夜の湿った外気、甘やかな香りが街路の一角にむせ返る。花期を迎えた夜香木(やこうぼく)だ。ねっとりとした香りの層でガやコウモリを呼ぶ

▼この季節、慰霊の日が巡る。夏の甲子園に向けた県大会が行われた6月23日正午、各地の野球場で高校球児らが黙祷(もくとう)した。命が躍動するグラウンドに鳴るサイレン、整列する幼い顔、戦争で突如命を絶たれた若い人々の輪郭が次々と浮かんだ
▼その日、芸術家の石垣克子さんは平和の礎の刻銘板に紙の帽子をかぶせた(24日付17面)。対馬丸で亡くなった2人の叔父がいる。居合わせた別の遺族は帽子が好きだったという故人を思い「暑さをしのげて叔父さんも喜んでいると思う」
▼夏のかんかん照りの下、亡き人に手向けた帽子が誰かの心を動かす。作品のたたずまいが自然に、宿命的に人の心を震わせるのが芸術のありようの一端だろう
▼自民報道圧力問題の発端となった党若手国会議員の文化芸術懇話会。芸術家と意見交換して「心を打つ『政策芸術』を立案、実行する知恵と力を習得する」のが設立趣意という。安倍首相に近い議員や作家から非見識による沖縄への悪言も飛び出して、驚いた
▼言論封殺にとどまらず、芸術の政治利用で心を打つと公言してはばからない与党議員の傲岸不遜(ごうがんふそん)。国策に都合の良い芸術は利用し、不都合な芸術は弾圧したナチスドイツから学んだか。