<金口木舌>生命を守る旗


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 「ゲゲゲの鬼太郎」でおなじみの漫画家水木しげるさんは、戦争を取り上げた作品でも知られる。代表作「総員玉砕せよ!」は左腕を失った自身の戦争体験に基づいた物語である

▼硫黄島を舞台にした小編「白い旗」は部下の兵士を救うため、米軍に向かって白旗を振る海軍の隊長を描いている。「お前達の生命を守るためにふる旗だ」と隊長は諭し、「でも」とちゅうちょする部下に島を離れるよう命じる
▼水木さんは旗を振れず、「でも」と声を上げることも許されぬ時代に青春期を送った。1942年秋ごろの手記が文芸誌「新潮」8月号に載っている。戦場での死を見詰める20歳の青年の煩悶(はんもん)が刻されている
▼「画家だらうと哲学者だらうと文学者だらうと、労働者だらうと土色一色にぬられて死場へ送られる時代だ。人を一塊の土くれにする時代だ」という記述に切迫感を感じる。中原中也の詩の一節「茶色い戦争」を思い出す
▼水木さんの漫画に登場する鬼太郎や目玉おやじは冷静に時流を見詰め、時には背を向ける。ねずみ男は要領よく立ち回る。青年期にできなかった抵抗を漫画で試みているように見える
▼安保関連法案が衆院を通過した。視界を妨げる濁った空気が漂う。しかし、「生命を守る旗」を振る自由を失ったわけではない。ならば、それぞれの場で旗を振りたい。私たちの社会が土色に覆われる前に。