<金口木舌>エヌ氏の窮状


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 一人、山の湖にやって来たエヌ氏。ボート遊びで誤って水に落ちる。何とか岸まで泳ぎ着いたものの服はびしょぬれ。カード類の入った財布もなくなっていた

▼着替えを買うにも銀行で金を借りるにも「カード番号をどうぞ」。名乗っても「お名前をうかがってもしようがございません。すべては番号で処理されるので」
▼短編の名手、星新一さんは今の世を予言していたのだろうか。30年以上前の小説「番号をどうぞ」は、氏名よりもクレジットカードや保険証、通帳の番号が優先する社会を描く。政府は10月、年金や税などの番号を一つにまとめた「マイナンバー」を国民一人一人に割り振る予定だ
▼便利さや事務の簡素化など利点ばかりが強調されるが、そうだろうか。税も社会保障も生活保護の受給状況も全てをまとめたマイナンバーは個人を裸にするような情報の塊だ
▼日本年金機構による個人情報の流出があったばかり。教育関連企業では販売目的で内部の担当者が個人情報を流出させた。絶対漏れないとは誰も言えない
▼窮状のあまり駆け込んだ警察にも断られたエヌ氏は「番号がないと人間じゃないっていうのか」と叫ぶ。小説にはないが、番号を知った者がエヌ氏に成り済ますという、もっと薄気味悪い展開も予想される。そんなことは小説の中の話、と言い切れない。