<金口木舌>海洋博40年、光と影


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 海洋博が開幕したのは40年前。当時、本部町に住んでいて、会期の半年間で30回近く足を運んだ。ほぼ毎週末、友人らと会場にいた

▼海洋みどり館では12万年前の北極の氷に驚き、芙蓉(ふよう)グループ館では水中を泳ぐ魚型ロボットに目を奪われた。住友館の5面マルチスクリーンや、日本初の無人軌道交通「KRT」に未来を感じた。今では当たり前の技術が最先端として展示されていた
▼「テーマパーク」という言葉もなかったころ、あの空間は小学生には夢の世界。好奇心を満たす玉手箱で、今のディズニーランド以上だった
▼だが、次第に周りの風景が変わっていく。新しいホテルや土産店が途中で店じまいし、あちこちに廃虚が残った。事業に失敗し家庭が崩壊した話も聞こえてきた。子どもの興奮とは裏腹に、大人たちにとって熱狂の代償は大きかった
▼そして今、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)進出の話が降って湧く。最有力地とされるものの、肝心の地元には情報が乏しい。政府が過度に首を突っ込んでくるのも、成功している国営公園に手を付けるのも、いぶかしい
▼地元では早くも不動産業者が周辺の土地を物色しているという。熱に浮かされた40年前の悪夢の再来は勘弁だ。巨大企業の独り勝ちにならず、地元と共存する発展こそ望ましい。幼心に焼き付いた、あの廃虚群はもう見たくない。