<金口木舌>艱難汝を玉にす


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 走行中の汽車のガラス窓を無理やりこじ開けようとする「いかにも田舎者らしい」少女の振る舞いに、乗り合わせた客が顔をしかめる。芥川龍之介の短編「蜜柑(みかん)」は、少女の振る舞いを険しい感情で見詰める客の心持ちが、「朗らか」に一変する様子を描く

▼汽車がトンネルを抜けると3人の男児が手を挙げ、少女に別れを告げていた。窓ガラス越しに半身を乗り出した少女が男児らに蜜柑を投げる。この光景に客は奉公先に赴くのかと思いやり、少女の振る舞いを了解し、姉と弟たちの惜別に心洗われる
▼何かとせわしい時世では、見掛けで何事も判断しがちになる。人の行為には何かしらの理由があることを忘れる。心眼が曇るのも否めない
▼ことしも沖縄少年院の意見発表会があった。非行の裏にあった6人の少年の恵まれぬ生い立ちは痛ましい。生後間もなく親と離れた少年、昼間から酒に溺れる親の元に育った少年、いじめに苦しみ、自殺まで考えた少年…
▼物事の善しあしも分からぬ幼少期から、生きるつらさを一身に背負う。何かにすがりつかなくては生きていけなかった境遇を聞き、元は心根が優しく、故につらさも引き受けてしまう少年なのだと知る
▼ことわざにある。「艱難(かんなん)汝(なんじ)を玉(たま)にす」。困難や苦労を乗り越えて人は立派に成長するという。「遠回りしつつ」も再起を誓う、まだ若き君たちに贈る。