<金口木舌>辺野古で聞く歌声


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 先月末、滋賀県で開催された全国高校総合文化祭の記事を読んでいて、疑問に思うことがあった。八重山農林高校の生徒がマミトーマを踊ったとある。マミドーマの間違いではないか

▼これは当方の勘違いで、実は両方あるという。マミトーマは小浜島に伝わる子守歌で、竹富島に渡り農耕を題材としたマミドーマになったという説がある。民謡の解説書によっては、どちらもマミドーマと表記する
▼八重山の郷土史家・喜舎場永〓は著書「八重山古謡」で小浜のマミドゥマユンタを取り上げた。マミドゥマとは少女のことで、子守や水くみにいそしむ姿を歌った。背景には人頭税がある
▼「男女は全部野良へ労働で出るので残る赤ちゃんの世話は全部子守の責任重大であった」と喜舎場は記す。重税は少女の身にも影を落とした。庶民の苦しみの中から生まれた八重山民謡は数多い
▼1965年に八重山を訪れたことのある小説家の大江健三郎さんは、喜舎場の著書を通じて「八重山の民衆が歴史と現在の接合点にむっくりと起きあがって歌う声の総体」を受け取った。「沖縄ノート」の一節である
▼6月、辺野古を訪れた大江さんは「今、沖縄で進んでいる安倍政権への強力で的確な反撃に、心からの声援を送りたい」と本紙に寄せた手記につづった。歴史を見詰め、圧政にあらがう民衆の歌声を再び受け取ったのであろう。

※注:〓は王ヘンに「旬」