<金口木舌>万年筆にやどる思い


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 文房具、とりわけ筆記具にこだわっている。選ぶ基準は使いやすさ。最近は200円程度のシャープペンを愛用する。水性ボールペンも良いが、雨天の取材ではインクが雨粒で流れるのが難点だ

▼筆記具が文章の価値を決めるわけではないが、万年筆で書かれた原稿には風格がある。太軸の舶来品は文豪の手に似合う。教科書に載るような歴史的な場面にも万年筆が登場する
▼70年前のきょう、東京湾に浮かぶ戦艦ミズーリ号で降伏調印式があった。日本全権の重光葵(まもる)外相は持参した万年筆で応じた。マッカーサー元帥は5本の万年筆などで署名し、記念品として配下の指揮官らに配ったという逸話がある
▼1952年の手記「昭和の動乱」で重光は降伏調印式を振り返り「国家の前途を深刻に考えて、悲痛の念を禁ずることができなかった」と記した。握った万年筆はさぞ重かったに違いない
▼沖縄戦で倒れた県民や兵士の手にも万年筆があった。遺骨収集で時折、万年筆が見つかる。胴軸に刻銘があるものは遺族の元に戻ることもある。持ち主の無念を思う。もっと生きて書き続けたかったろうに
▼キーボードで文を編む世代や万年筆愛好の世代が安保関連法案に反対し、国会前に集まった。それぞれが「国家の前途」を憂えている。不幸な歴史を刻む筆記具を生んではならぬ。流れぬインクで平和の詩をつづりたい。