<社説>元全学徒の会発足 碑に犠牲者数の刻字を


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 沖縄戦に動員された県内21の師範学校・中等学校の元生徒たちが「元全学徒の会」を結成した。90歳前後のメンバーが積極的に行動する姿と覚悟には敬服する。

 平和の尊さを後世に伝えるとともに、糸満市摩文仁の県平和祈念公園内にある「全学徒隊の碑」に、各学徒隊の動員数や犠牲者数を明記するよう県や県議会に求めていく。
 会の方針を全面的に支持したい。県は元学徒の強い思いを真摯(しんし)に受け止め、早急に犠牲者数などを刻むべきだ。
 戦前、県内全ての師範学校・中等学校から10代の若者が戦場に駆り出された。男子は14~19歳で、上級生は鉄血勤皇隊に、下級生は通信隊に編成された。女子は15~19歳が看護要員として配属された。概数では男子約1500人、女子約500人が動員され、千人近くが命を落とした。実に2人に1人の犠牲だ。
 学徒の戦場動員の法的根拠は疑わしい。男子は「志願」の形を取っているが、実態は強制だった。14歳以上の名簿を学校が作り、軍と県の事前の覚書に基づいて、県を介して軍に提出していた。軍は名簿から学徒を召集し、二等兵として戦場に送り込んだ。
 女子については、学徒勤労令などを拡大利用しながら軍と県がなし崩し的に動員した
のではないかとの指摘がある。
 学徒隊の体験を知ることは大切だ。根こそぎ動員による県民犠牲の実情や地上戦の凄惨(せいさん)さ、皇民化教育の怖さ、戦時行政の限界などが学べる。
 女子学徒隊は2016年まで「青春を語る会」として連携して語り部活動を続けていた。今回、男子学徒隊も含めたのは大きな意義がある。
 結成のきっかけは、昨年3月の「全学徒隊の碑」建立である。碑は、昭和高等女学校の同窓生でつくる梯梧同窓会の上原はつ子さんと吉川初枝さんが、13年から県議会に陳情を繰り返すなど、精力的な活動の末に実現した。
 ところが、碑には建立時から課題があった。各学校名は刻銘されたが、動員数や犠牲者数が記されていない。県は「数字の根拠を示すのが難しい」として難色を示す。
 確かに、動員数が明確なのは男女師範学校、一中、三中、全女学校だけだ。犠牲者数さえ不明な学校もある。県の言い分は完全には否定できないが、沖縄戦の実相を後世に伝えたいという強い意志があるなら、概数だけでも示すことはできるのではないか。
 昨年発刊の「沖縄県史 沖縄戦」には判明分だけで死者数が男子792人、女子188人という研究成果が記されている。元全学徒の会は、学徒隊以外の生徒も含めて新たに集計し、1970人戦没という数字を出している。 
 「戦没者数を刻字すれば、私たちがいなくなっても碑が悲惨な実相を伝えてくれる」という元学徒の重い言葉をしっかりと受け止めたい。県も体験者の思いを生かすために努力を重ねてほしい。