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友の死から研究の道へ <うつをこえて 自殺を防ぐために>1 張賢徳


友の死から研究の道へ <うつをこえて 自殺を防ぐために>1 張賢徳 イラスト 増田たいじ
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 人はなぜ自殺するのか? その謎に迫りたくて自殺研究の道に入った。1991年のことだ。3月に医学部卒業を控えた私は、医師国家試験の追い込みに必死だった。日頃の不勉強がたたり、事態は切迫していた。

 試験の10日ほど前、親友から電話があった。たわいのない話が続き、時間に追われていた私は話を切り上げ、電話を切った。翌日も電話があり、私は同じような態度を取った。その翌日も電話が鳴ったが、今度は受話器を取らなかった。

 次の日。電話は鳴らなかった。そしてその翌日。知人が電話で伝えてきた。「あいつが自殺したぞ」。視界は文字通り真っ白になった。それほどの衝撃だった。眠れない日々が始まった。

 心配した別の友人が試験会場に連れて行ってくれた。私は心の中で親友にわび、祈った―。「何も気付いてあげられなくてごめん。合格できたら、良い医者になるよう努力します」と。

 国家試験には合格したが、友の死と罪悪感が頭から離れない。ノイローゼのようになった私は「このままじゃ自分が駄目になる」と、自殺の問題に正面から立ち向かおうと心に決めた。

 医学で自殺を扱うのは精神科。私は帝京大精神神経科学教室に入局し、翌年、幸運にも英国留学の機会を得た。ケンブリッジ大の大学院で、自殺の個別事例を調査する「心理学的剖検(ぼうけん)」という手法を学んだ。

 剖検は死因を調べるため遺体を解剖すること。だが、自殺調査では解剖はしない。心理学的という修飾語を冠し「解剖するくらい丹念に故人の人生をたどる」という意味で使われる。さまざまな情報を集めるが、特に遺族へのインタビューが欠かせない。

 重要なのは自殺者の精神疾患の有無を診断すること。そのためには、故人の心の動きをも解き明かせる心理学的剖検が有効になる。生前に精神科にかかっていない人も多いが、家族からの情報で診断するこの手法は既に確立されている。

 世界保健機関(WHO)が公表したデータでは、自殺者の90%以上が最期を迎える際、うつ病や薬物依存など何らかの精神疾患と診断がつく状態だったと分かっている。

 ただこのデータに日本人は含まれていない。偏りをなくすため「ある地域、ある期間の自殺全例を調べる」という本来の心理学的剖検調査が日本では行われていないためだ。果たして、日本人の自殺の実態はどうなのだろうか?

 (日本自殺予防学会理事長)

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 張 賢徳ちょう・よしのり) 1965年大阪市生まれ。東京大医学部卒。帝京大教授を経て、現在は日本うつ病センター副理事長、六番町メンタルクリニック院長を務める。著書に「人はなぜ自殺するのか」(勉誠出版)など。

(共同通信)