有料

コロナ禍の激増 日本だけ <うつをこえて 自殺を防ぐために>8 張賢徳


コロナ禍の激増 日本だけ <うつをこえて 自殺を防ぐために>8 張賢徳  イラスト 増田たいじ
この記事を書いた人 Avatar photo 外部執筆者

 2020年を私は「コロナ元年」と呼んでいる。世界に災いをもたらした新型コロナウイルスは、学術名がCOVID―19とされたように、19年に登場した。でも日本上陸は翌20年。2月にクルーズ船の大騒動があり、そして4月7日。あの緊迫した最初の緊急事態宣言が発令された。

 4月下旬の連休前だった。日本精神神経学会の細田眞司理事から電話が入った。「飲食店の店主が自殺を図り運ばれて来た。これからこういうケースが増えるに違いない。まずは会員に注意喚起を」。学会は会員数約2万人と精神科最大の職能集団で、各種委員会が活発に活動している。

 私は自殺予防班班長だった。班員は連休返上で作業に当たり、5月上旬には会員向けの提言をまとめた。日本自殺予防学会も4月7日から一般向けメッセージを定期的に発信し、自殺予防の注意喚起に努めた。

 しかし残念ながら、7月から自殺は急増した。警察庁のデータでは、6月の自殺者数1572人が10月には2230人に跳ね上がる。たった4カ月で40%の増加。女性に限るとなんと70%増だった。「自殺激増現象」がまた起きてしまった。

 背景にはやはりうつ病がある。多くの国でうつ病患者が20~30%増加したと報告された。日本も例外ではない。厚生労働省の患者調査でうつ病は30%増、適応障害を含むストレス関連障害は50%増が確認されている。

 しかし、学術誌での報告を見る限り、コロナ禍で自殺激増が起きたのは日本だけなのだ。そこに自殺に対する「心のハードル」の低さが関係すると私は考えている。つらさにピリオドを打つ手段として自殺を想起しやすくなるからだ。

 山一ショックに象徴される深刻な経済不況に見舞われた1998年には中高年男性の自殺が増えた。しかし今回は女性と若者で増えた。飲食業やホテル・観光業などが真っ先にコロナ禍の直撃を受け、そこを支えている非正規雇用の女性や若者にしわ寄せが集まったためと考えられる。

 悪影響は仕事面だけではない。悲しい現実だが、家庭内暴力や児童虐待も増えた。ソーシャルディスタンス重視で対面交流が激減し、ストレス発散の機会も減った。女性や若者にはこれらも大きな打撃になったと思う。

 負の影響が大きい社会現象が起きた時、それを強く受けやすい人たちに自殺が急増することを知っておかねばならない。そして、その対策をあらかじめ考える必要がある。

 (日本自殺予防学会理事長)
(共同通信)