那覇市の国際通り近くにある老舗の沖縄そば店「むつみ橋かどや」が6月、72年の歴史に幕を閉じる。かつては10セントで販売し、お金のない学生からは代金の代わりに時計をもらったこともあった。今でも100円から食べられるメニューもある。「ちょっとだけ食べたい時もあるでしょ」。2代目店主の石川幸紀さん(69)の言葉はお客さんへのチムグクルであふれる。アチコーコーの沖縄そばは人々のおなかも心も満たしてきた。
かどやは石川さんの父・康昌さんが1952年に創業した。康昌さんは沖縄戦後、米屋などを営んだが長く続かなかった。心配した康昌さんの義母が出身地の宮古島にある「古謝食堂」からレシピを教わり、そば店を開くことを提案。市場本通りの角に構えた店は「かどや」と名付けられた。
当時の店は今よりも狭く、10人で満席。店の周囲は夜中もにぎわっていて24時間営業だった。メニューはカマボコ、ネギ、ショウガが入った「そば」の1品だけ。1杯10セントで、小さめの器を使っており、何杯も食べる客も多かった。康昌さんはお金のない琉球大学の学生からは代金の代わりに時計を受け取った。石川さんによると「カウンターには時計が置かれ、後から受け取りに来る人もいた」という。
石川さんは4人きょうだいの3番目。19歳から店を手伝い始めた。店は沖縄が日本に復帰した72年に現在の場所に移転。77年に康昌さんが亡くなると、母・秀子さんと石川さんが切り盛りし、結婚してからは妻の京子さん(69)も店に立った。
かどやの沖縄そばは、豚骨だけのシンプルなだし汁が特徴だ。康昌さんが亡くなった当初は常連客から「味が違う」などと言われたこともあったが、それも激励と受け止めた。80年ごろからメニューを増やし、ソーキそば、三枚肉そば、ロースそばも提供する。昔ながらのそばも「かけそば」としてメニューに残る。2008年ごろにやむなく値上げした際には100円の「おかわり麺」を始めた。客を思う石川さんのチムグクルだ。
閉店を決めたのは店舗が再開発の対象となったため。50年間、店を守ってきた石川さんは「日曜や祝日も働いて、子どもたちには寂しい思いもさせた。もう自分の仕事は全うした。あとは常連さんたちに辞めるのを伝えるだけかな」と気丈に振る舞う。最後の営業となる6月20日まで店に立ち続ける。
(仲村良太)