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<書評>『沈黙に向き合う 沖縄戦聞き取り47年』 地を這う調査で現代史照射


<書評>『沈黙に向き合う 沖縄戦聞き取り47年』 地を這う調査で現代史照射 『沈黙に向き合う 沖縄戦聞き取り47年』石原昌家著 インパクト出版会・3080円
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 石原昌家氏の研究は、社会学の強固な基盤の上に、地を這(は)うような沖縄戦の聞き取り調査を構築し、そこから沖縄の現代史を多面的に照射する、例のない大きな山を築いてきた。

 本書は、琉球新報に5年以上にわたり連載した研究者としての自伝である。しかし、並大抵の学者の回顧録であろうはずがない。

 沖縄戦の聞き取り調査自体が、歴史と記憶の闇や傷を扱う、すなわち沈黙に向き合う営為であり、本書には文字通り命がけの場面すらある。「家永教科書裁判」への関わり、平和の礎を現在の姿に決める中心的役割、平和祈念資料館の展示改ざん問題の渦中での監修委員としての役割等々、普通の研究者が一生に一つ果たせば十分な重責を、継続して果たし続けた様子が、当時の記録と現在の関係者証言により描かれている。その全体が大きな構図を示している。

 沖縄戦の民間人犠牲者を戦争協力者に仕立て上げる歴史の改ざんは、「戦争する国」を目指す日本政府の長期的な狙いに基づく策略であったのだ。それは、沖縄戦の実相が「戦争する国」にとり不都合だからである。

 石原氏は「集団自決」という用語に隠された国家の意図を自らが気付いていなかった事実に真摯(しんし)に向き合い、戦傷病者戦没者遺族等援護法という仕掛けで、日本軍による強制集団死を隠蔽(いんぺい)し、沖縄県民の自発的殉国死という美談にすり替えるたくらみを長年かけて解明し尽くした。すなわち、本書は、現今の沖縄の犠牲を前提とする南西諸島軍事力強化を、50年間かけて見透かしてきた記録でもある。日本国家が軍事化への大きな決定を下す度に、沖縄戦の記録と記憶が狙われる事件が起きる、との指摘は説得力がある。

 研究者として自ら足りないところを公的に認め、学び直す姿勢とともに、多士済々の卒業生を長年にわたり輩出した石原ゼミ生たちの力を引き出し、平和の礎の県内全戸調査の基となった地域聞き取り調査を指導した教師としての姿。本書のどこを開いても、読者は圧倒されるだろう。

 (佐藤学・沖縄国際大教授)


 いしはら・まさいえ 1941年那覇市出身、沖縄国際大名誉教授。著書に「虐殺の島―皇軍と臣民の末路」「国家に捏造される沖縄戦体験」など。