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<書評>『相思樹の歌』 戦時下の若者にはせる想い


<書評>『相思樹の歌』 戦時下の若者にはせる想い 『相思樹の歌』西園徹彦著 左右社・1760円
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 「こころならずも生き残ってしまったという慚愧(ざんき)の念にも襲われた自分をもてあました」と語る主人公・片岡草志。鉄血勤皇隊として地獄の果てを経験し、見てはならないものを見てしまった。草志をはじめ、沖縄戦を生き延びた人びとはどのように「心」を取り戻していったのか。そこには想像を絶する壮絶な苦悩があったはずだ。

 生きる意味を見失った草志の心に、都度こだまするのは「決して死ぬな、生き抜くことが戦争なんだ」と励ましてくれた、ありし日の大江博斗少尉の言葉。生命を絶たれた人も生き残った人も、ひとしく戦争の犠牲者に他ならない。

 本書は、実在した太田博(陸軍少尉・享年24歳)と東風平恵位(沖縄女子師範音楽教諭・ひめゆり学徒隊引率・享年23歳)を軸に構成されたフィクションであるが、実際に太田も東風平も学生から慕われていたことが、回想録からうかがえる。

 沖縄本島地上戦を史実に即して刻々と描きだしつつ、記録には残りにくい若者たちの戦時下の生活へと著者はかぎりなく想いをはせ~彼らのみずみずしい感性や情熱、淡い恋心を想像し~イメージを心身に落とし込んで創造されたのが本書である。

 78年が経過し、沖縄戦の記憶の風化が叫ばれる昨今であるが、風化するか否かは、おそらく後世の人びとのイメージ力にかかっているのではないか。本書は沖縄戦を生きた若者らの心の襞(ひだ)に迫り、いつの時代にも共通する大事な何かを気づかせてくれる。

 書名は、1945(昭和20)年3月に略式挙行された「ひめゆり学徒隊の卒業式」で歌われるはずだった《相思樹の歌》にちなむ。そしてこの歌は、片岡の人生の岐点(卒業式、2次会、自決、離沖)を象徴するライトモティーフとして4度挿入される。ひとつの歌でありながら、場面ごとにもたらされる情感は異なる色合いや深みを湛(たた)える。若者たちの尊き生死を包み込んできたこの歌を愛唱することで、沖縄戦の痛みを自分事に感じていきたい。

 (三島わかな・近現代日本音楽史研究)


 にしぞの・てつひこ 本名・西口徹。1959年京都府生まれ、契約・フリー編集者。分担執筆の書籍に「安吾のいる風景」「草森紳一が、いた。」など。